北海道農民管弦楽団定期演奏会 in おとふけ

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 北海道農民管弦楽団により伊福部先生の傑作、「交響譚詩」と「SF交響ファンタジー第1番(ゴジラ)」、併せて私の「ピアノ協奏曲『産土の始め』」が初演されます。

 十勝地方の開拓は官制の屯田兵による開拓とは異なり、静岡出身の依田勉三が率いる晩成社を始め、明治30年の「北海道国有未開地処分法」に基づく、富山、岐阜、四国など本州各地からの民間開拓移民によって進められてきました。

 私の祖父母も明治30年4月、音更町の西端に富山県高岡市の郊外から入植した「矢部地区民間開拓団」の一員ですが、入植の翌年秋の全道的な大洪水は、十勝川流域においても、収穫を目前に開墾地の大半が流出、開拓民は命からがら高台に避難するという悲運にさらされました。けれども、開拓民は独りの落伍者も出さずに一致団結、協力し、その後も一世紀に渡り幾度となく同じように発生した水害、冷害、凶作などの苦難を乗り越え、ようやく、今日の「産土(うぶすな)」、郷土を築き上げました。

 その間、1,966年、矢部地区開拓70年を記念した神社拝殿内部改修を機にご神体を開封したところ、中から出てきたものは25戸の開拓民が持ち寄った自作地の「一握りの土の塊」と、天地に感謝し明日への決意と希望を述べた縁起書でした。それは正に、祖父母たちの真摯な姿そのものを思い起こさせずにはおかない発見ではありましたが、同様にそのことは、当時の北海道各地の開拓を担った多くの開拓者たちの誰にでも共通する姿勢、感情であったろうと思います。 

 日本が国家を形成して以来、2,700年の間、北の地に原始の自然が手つかずに残ってきたこと自体、奇跡ですが、さらにその地が、国防上、対露南下対抗策としての火急の国策に使命感をもって応え、100年を待たずして開発、近代化されたということも驚くべきことです。

 私のピアノ協奏曲は、そのようなことに想いを馳せて、開拓当初の大洪水をものともせずに克服、開墾に奮闘した、男たちと女たちの涙と笑いの生きざまを俯瞰的にイメージしたものです。

 北海道農民管弦楽団は、果樹園を経営する牧野代表を筆頭に農業関係者で編成された交響楽団であり、序曲とゴジラに合同演奏で参加する音更高校管弦楽局も、伊福部先生の出身高である札幌西高校と音更高校の道内二校にのみ設置されている高校生の管弦楽団です。

 また、ピアニストの川上敦子氏も、その演奏に対し伊福部先生から絶賛を受け、以来、伊福部音楽の発信を内外に努めてきた音更町内在住のピアニストです。